かいぎゃく【諧謔・詼(クヮイ)謔】
おどけた滑稽なことば。また、おどけた滑稽なこと。詼諧。「諧謔を弄する」
ユーモア
(英humour)〈ヒューモア・ヒュモール・ヒューモー〉人を傷つけない上品なおかしみやしゃれ。知的なウィット、意志的な風刺に対して感情的なもの。近世のイギリス文学の重要な特質の一つであり、以後、文学や美学の一つのカテゴリーとされた。諧謔。「ユーモアのある人」「ユーモア小説」
国語大辞典(新装版)小学館
笑うことは、おそらく人間にのみ許された最高の感情表現である。たぶん。そして人を笑わせる元となる諧謔・ユーモアこそが至高の娯楽である。
そう考える私が、これまでに知り得たモノたちを遍く世の人々に紹介し、多くの人たちに笑っていただくために、私が自信を持って説明できるものを選んでいくつかインターネットの一隅を借りて紹介する。
要するにこのコーナーでは私の選んだ(=私の好きな)笑いのスペシャリストたちを紹介する、ということだ。メディアは映画関係しかとりあげていない。これは私の不勉強によるものであって他のメディアのスペシャリストたちが面白くないから、という意味では決してない。よく知らないことを人に教えるのは好きじゃないので、その辺ご理解いただきたい。
笑いに詳しい人も詳しくない人も、笑うこと、笑わせることとはどういうことかをよく知っておいて欲しい。
まず大事なのは緊張の後の弛緩。例として、ちょっと古くてギャグにもならないが「なーんちゃって」というのはこの典型的なものではないだろうか。この緊張と弛緩の作用のみを抽出したのが「笑点」の名物コーナー・大喜利である。発案者は立川談志。やはりタダモノではない。
次に笑う側と笑わせる側の知識の共有。海外のコメディを見て、テレビからはスタジオの笑い声が出ているのに自分は全然面白くない、という経験をしたことはないだろうか?どんなに面白いネタも、観客が状況を理解できなければ笑いは発生しないのである。逆に言えば、知識が多ければ多いほど、笑える対象は増えていくことになる。
そして最後に、真面目であること。以外かもしれないがこれは重要である。道化師は真面目であるからこそ笑えるのであって、ふざけた道化師など面白くも何ともない。真面目であればこそ緊張も生まれるというわけだ。バスター・キートンの「喜劇とは真剣なものである」という発言もこの説を裏付けている。と思う。
「笑い」のスペシャリストには2種類あるように思う。
一つは天才型。これは何から何まで天才としか言いようがないようなタイプ。それを面白く見せてしまうか!というような。非常に説明が難しいが、ジョン・ベルーシなんかはこれに属するだろう。芸人?に多いが、絶対数が少ない。
もう一つは何型といえばいいのかよくわからないが、天才型と対ということで努力型ということになるだろうか。才能のみにたよることなく、綿密に笑いを組み立てるタイプ。ネタを積み重ねていくような感じ。ベルーシの相方であるダン・エイクロイドやウディ・アレン他、監督や脚本家はこちらが多いようだ。
これは個人的な意見だが、「笑い」を扱う職業につく人たちは(他の職業でもそうかもしれぬが)やはり個性がでてきて初めて「スペシャリスト」と言えるのではないだろうか。つまり重要なのは「〜らしさ」。
というわけで「笑い」「ユーモア」「コメディ」に興味のある方は、上のメニューから各ページを御覧になってください。
一つでも見てみようかな、という気になっていただければ、管理人にとって幸甚これに過ぎるものはありませぬ。
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