海底王キートン
カイロの紫のバラ
カウチ・イン・ニューヨーク
隠し砦の三悪人
過去のない男
カサブランカ
カジノ
風の谷のナウシカ
家族ゲーム
学校の怪談
勝手にしやがれ
悲しみよさようなら
カノン
カミーラ/あなたといた夏
髪結いの亭主
カメレオンマン
カラマリ・ユニオン
ガルシアの首
カルネ
カンザス・シティ
カンニング・モンキー 天中拳
カンフー・キッド
キートンの悪太郎
キートンの案山子
キートンの鍛冶屋
キートンの警官騒動
キートンのゴルフ狂
キートンのザ・ハイ・サイン
キートンの大学生
キートンの大列車追跡
キートンの探偵学入門
キートンの電気屋敷
キートンの隣同士
キートンのハード・ラック
キートンの白人酋長
キートンの化物屋敷
キートン半殺し
キートンの一人百役
キートンの船出
キートンの文化生活一週間
キートンの北極無宿
危険な動物たち
奇人たちの晩餐会
キス★キス★バン★バン
キスへのプレリュード
奇跡の海
ギター弾きの恋
キッズ・リターン
キッド
君がいた夏
キャプテン・スーパーマーケット
CURE
9ヶ月
キューティーブロンド
虚栄のかがり火
キルトに綴る愛
ギルバート・グレイプ
キル・ビル
キル・ビル vol.2
木を植えた男
銀河鉄道の夜
キング・コング
クイズ・ショウ
偶然の旅行者
グーニーズ
クール・ランニング
クッキー・フォーチュン
グッドフェローズ
グッドモーニング・ベトナム
グッバイ・トゥモロー
グッバイ・レーニン!
蜘蛛女
クライ・ベイビー
グラン・ブルー
クリフハンガー
クリムゾン・タイド
クルーレス
クレージー・モンキー 笑拳
紅の豚
黒い瞳
クロッカーズ
黒猫・白猫
刑事ジョン・ブック/目撃者
ケープ・フィアー
激流
ゲット・ショーティ
訣別の街
現金に手を出すな
キートンの映画を見ていると、なんとなくチャップリンと比べてしまうが、 ストーリーでも小ネタでも、キートンの方が飛躍が大きく、 アイデアも豊富に見える。 どちらが優れているというわけではないが、キートンの方が乾いた笑いで好き。
ウディ・アレン本人は不在ながら、映画の登場人物と同じ世界にいられたら、 という映画好きの夢をかなえるようなストーリー。 自分が出演しないあたり、さすがに己をわかっているというか、映画をわかっているというか。 物語のラストの切なさ、と同時に女性の捉え方もウディ・アレンらしい。
黒澤明の映画はあまり見たことないんですが、 これは世界に誇れるアクション映画。黒澤明と聞いて抱くイメージが変わった。 スターウォーズがこの映画の設定を真似た話でも有名。
主人公はあっさりと金も記憶もない絶望の淵に突き落とされたが、 暖かい人たちに恵まれたこともあって怯むことなく生きる。 そしてイルマと出会ってから(表情は消極的だが)更に積極的に生きる。 物語は寓話のような展開ではあるが、 元の生活と記憶をなくしてからの生活はどちらが幸せか、 ということが端的に描かれているので比べるまでもなく、 人が幸せになるのに必要なものは何かを教えてくれる。
またアキ・カウリスマキ監督は音楽の力を本当によくわかっている映画監督の一人で、 独特の間と組み合わせた使い方がすごく上手い。フィンランドなのにブルース。
小遣い稼ぎに勤しむ警備員(警察?)と猛犬のくだりは犬の名前もあわせて最高に笑えた。 救世軍バンドの展開も最高。こういうベタな笑いに国境はない。
ボギーである。私はボギーが見たい!というよりはむしろボギーのパロディを理解するために見た。 ボギーファンの方々にとってこれ以上失礼な見方もあるまい。 しかしなんというか、とにかくかっこよかった。
名作中の名作。
現代日本のよくある家庭に颯爽と現れた家庭教師・松田優作が、 事勿れ主義によって黙殺されていた家庭の問題を不気味に解決していくブラックなホームドラマ。
音楽が皆無であるせいもあって、客観的に見た「よくある家庭」はとても不気味。 その不気味な家庭にやはり不気味な家庭教師が介入していきなんだか普通になっていく。 ということはこの家庭は、物語の冒頭では普通ではなかったのである。 普通でない普通の家庭とハナから不気味な家庭教師の取り合わせが楽しい。
こういうおしゃれ系苦手です。 映像としてみてて飽きないし、あんな生活してたら楽しいだろうなとは思いますが、 何が面白いのかサッパリわかりません。勝手にやってくれって感じです。
あ、だから「勝手にしやがれ」?
モラルについて語るインモラルな親父の、自意識と共に大きくなる現実とのギャップ。 親父はそのギャップにより現実を見下すが、その見下したはずの現実社会で 何もうまくいかないことに腹を立てる。その親父を衝撃的な効果音とクローズアップで追いかける。 犯罪者の典型的な思考で、主人公を10代にしたら、よくある作品のような気がしないでもない。 ココが吃驚はするけど衝撃は受けない由。
ただエンディングはこれまたインモラルにハッピーエンド。 作中何度も現れる「人間は利己的な生き物」というメッセージの観点からみれば、 エゴイストの結末としてこれ以上は無いだろう。落とし所がこの作品の特徴かと思う。 「俺のものは俺のもの」というジャイアニズムの1つの究極。 口だけの哀れなエゴイストの笑える人生。コメディだ。
理容師の女性と結婚するという、子供の頃の夢のままに生きるアントワーヌは、 つまり今でも子供。子供であるがゆえに前後の見境が無い。 これに対し、生活感が無く夢のような人であるマチルダだが、その実、手に職を持った現実的な大人。 物語のラストはなかなかに衝撃的だが、幸福の絶頂を迎えた2人にとって、 後は衰え行くのみであることを知っているマチルダによる、現実的な逃避手段。 冒頭では子供の明るい側面を表すようで笑わせてくれるアントワーヌの怪しいダンスは、 エンディングには哀しい側面をみせ、涙を誘う。
客の1人としてティッキー・オルガドが出演していた。 ルコント映画の常連だが、この人はそこにいるだけで笑える要素を持っていると思う。
架空の人物のドキュメンタリーという点で「ギター弾きの恋」の元ともいえるが、 「カメレオンマン」の方が、主人公の存在がありえない分ファンタジーである。 それは主人公が主張の無い人の象徴という形而上的な面を併せ持つ存在だからか。
他では見ることのできないウディ・アレンを見ることができるが、 吹き替え版ビデオしかないのが残念。DVDに期待。
上のあらすじ紹介では意味がわからないと思うのでもう少し詳しく書くと、 イカ墨同盟(カラマリ・ユニオン)を名乗る15人のフランクたちが、 今いる街は荒廃しきっていてどうにもならない、と街の反対側にある「エイラ」というところを目指す話。余計に意味がわからないかもしれない。 しかし今いる場所を捨てて理想郷を目指すと言うのはよくある話。わけのわからないことを並べることで明確になるテーマ。
15人のフランクたちはそれぞれが様々な方法で「エイラ」を目指すが、 一人は地下鉄運転手の凶弾に倒れ、一人は現実と妥協し、とフランクの数は徐々に減っていき、 「エイラ」に辿りついたフランクは僅か4人(死体となって運ばれたフランクを除けば3人)。 理想郷が捨ててきた場所と変わらない、というのもまたよくある話ではあるが、 辿りついた3人のフランクの中でも、そこで絶望するフランク、諦めないフランク、ついていくフランクと反応は様々。
カウリスマキ作品では幸せのかたちがテーマとなることが多いが、 つまるところいずれのフランクの末路もそれぞれのフランクなりの選択であって、 誰も否定することはできないというところにカウリスマキらしい「幸せのかたち」の回答があるように思う。 そういった意味でも「レニングラード・カウボーイズ」の原型と言える作品。
フランス語で『カルネ』は質の悪い馬肉、ふしだらな女という意味をもつ。 親父は馬肉が質の悪い肉だということをわかっていながら「馬肉は素晴らしい」と言う。 娘や自分についても同じことで、そのギャップはつまり世間に対する憎悪にかわる。 この肥大した自意識とそれに伴う世間への憎悪、 そして娘への情欲とその抑制、そしてそれらがふとした機会に爆発してしまう様を 40分という短い時間で描くためには必要なのかもしれないが、 冒頭の馬の屠殺シーンなどあざとさが目につく。
別題「キートンの強盗騒動」。17分の短編ながら短発ギャグの繰り返しだけでなく映画的な展開がみられる。
別題「キートンのスケアクロウ」。 ルームメイトとの便利な家での生活は、海底王キートンの元ネタと思われる。 一瞬で案山子になるくだりは見事だが、題名にするほど重要ではない。
看板を壊し、キレイな馬を汚し、修理中の車と店を同時に壊し、 もう一台のぴかぴかの車を完全に破壊する、ある意味スカッとする作品。 馬がいい味出してる。
コメディにおける警官と間抜けな小市民との古典的関係をスケールアップさせたような話で、 後の「セブンチャンス」、ひいてはドタバタコメディの原型。 ラストがハッピーエンドでないのも珍しいような。
別題「キートンの囚人13号」。囚人とか処刑台とか、状況が悲惨・深刻であればあるほど笑いは大きくなる。 キートンにしては珍しく?夢オチ。
お金の為に殺し屋になるところを、標的の娘への愛情ゆえにボディガードになるキートン。 いつの時代も主人公は正義の味方なのである。しかしいつものことながら敵も味方も詰めが甘い。 それが故に愛すべきキャラであるわけだが。
ギャング団の合言葉というか決めポーズがステキ。
本当のサイレント映画を初めて見ました。 キートンの映画はどれもサイレントですが、 今まで見たものには音楽などが入っていました。 が、音楽がなくても退屈ではなく、 むしろ自分の脳内でセリフも音も想像できるので楽しく見ることができました。
エンディングでは「末永く幸せに暮らしました」ということなのでしょうが、 アレはキートンならではの笑いを含んだエンディングなのか、 それともサイレント時代にはよく使われた手法(というほどのアレでもありませんが)なのか、 勉強不足のため理解できなかったのが残念です。
別名「キートン将軍」。 Wikipediaの「南北戦争を舞台とした映画」には名前が載っていないが 一応この作品も舞台は南北戦争。 キートンが戦争に参加する場面よりも列車で追いつ追われつしている方が楽しいという 向きが多いので「将軍」という原題の他に「大列車追跡」というタイトルがつけられたように思う。 自転車で追いついてしまうのんびりとした汽車と、ちょこまかと素早く動き回るキートンの取り合わせが楽しい。
バスター・キートン作品の中でもアクションや話のスケールの大きさで群を抜いている最高傑作の1つ。 キートンを残してみんなが去ってしまう場面は異端であることから笑いを誘う場面とはいえ、 ストーンフェイスに隠された感情を思うとちょっと哀しいものがある。
映画の中に(たぶん)初めて入った男、バスター・キートン。 全てのギャグがコメディの基本であり、エキサイティング。コメディのお手本のような一本である。
電化製品がほとんど無い時代の、電気への憧れとちょっとした怖れを仕掛けとして上手くアレンジ。 階段のくだりは笑える。撮影中の怪我で撮りなおされたらしく、アクロバティックな動きは少ない。
3人肩車や電線を伝っての逃亡など、キートンのアクロバットが炸裂。 ベーブ・ルースがタイムリーな話題に出てくるのも興味深い。
バナナの皮で滑って転ぶギャグがでてくるが、コレが原典だろうか?
自殺に関する様々なキートン流ギャグが楽しめる。飛躍的に展開するストーリーのラストはフィルム消失により写真をつなげたものになっているが、中国人に変装するキートンが最高。
1ドルで土地を手に入れようとする悪徳石油業者をやっつける話だが、 アメリカ人はこうやって土地を手に入れたんだよなあ、とここまで映画とは関係のない感想。
肝腎の映画は、キートンの飛んだり跳ねたりするアクロバットが冴えるウエスタン風コメディで、 キートンが燃えたりする。当時としては驚きの映像なんじゃないかなあ。
なぜか手元にあった接着剤で次から次へとお金をくっつけてしまうギャグは、 キートンならではの視覚ギャグ。化物屋敷の幽霊が当たり前ながら古典的でいいかんじ。
イースト菌のネタといいオチといい、日本人にはちょと理解しづらいかもしれないネタが多い。 外国人街ってのもちょっと無理があるというか後半関係なくなってくるというか。
夢の中のショーではキートンの女装を見ることが出来る。微妙。
小ネタを寄せ集めた感があるので映画的には大した作品ではないが、キートンのアイデアの寄せ集めと考えれば見る価値はある。と思う。
キートンには珍しいホームコメディ。キートンならではのギミック満載の船「知るもんか号」は乗っていて楽しそう。嵐の海の場面はなかなかのスペクタクル。笑えるけど。船名はラストのオチになる。
別題「キートンのマイホーム」。家がぐるぐるまわったり機関車が突っ込んで家を破壊したりとダイナミック。 キートンのみならずこの時代の悪役はポパイに出てくるブルートのような大男が多いが、 この作品では中肉中背の恋敵が悪役。でも目つきは極悪。
↑の内容を見ても意味がわからないように、話の筋が今一理解できなかった。 キートンが珍しく好色かつ強欲な役をやっているせいか。 とにかく雪を題材にしたネタをやりたかったのではないかと思う。
前作「ワンダとダイヤと優しい奴ら」に引き続きケビン・クラインがキレキレ。 エンディングはやや甘めだが、全体的には相変わらずアメリカをバカにしていて気持ちがいい。
全体的にチープなドラマのような雰囲気が漂う密室劇。 この映画の肝となるピニヨン氏は集中力がない、空気が読めないバカであるが、 こういう人は身近にいるので最初は「ああ、あるある」という感じで今一笑えなかった。 第三者として傍観している分には笑えるが、 当事者に近い状態になったことがある身としては心から笑えない。 後半に入って査察官が登場するあたりから物語は加速し、 最後のオチまで一気に引きずり込まれるように見た。そして笑った。 電話のくだりでイライラしてしまったら術中に嵌ったと考えていい。
テーマはバカをバカとバカにする奴がバカというありきたりなものだが、 私としてはそんな戒め的なものは無視して登場人物みんなバカと捉えたい。その方が楽しい。
この作品はセザール賞の主演男優賞・助演男優賞をダブル受賞しているらしいが、 誰が主演で誰が助演だったのかが気になるところ。 「おすぎのオスカー」ではないが個人的には査察官に助演賞をあげたい。
時代錯誤な殺し屋の新しい仕事は子守り、というおとぎ話。展開が早くて引き込まれる。 また音楽とか細かい点でいろいろ楽しい。
人を愛さない主人公は子供のような存在を二人も失ってから愛情を知るわけだが、 自分だけハッピーエンドになりやがって、とは思う。ジミーがかわいそうじゃないか。
クリス・ペンが役にはまっていて笑えた。
後期作品では哀しい笑いや説教臭さが鼻につくチャップリンだが、 長編第一作という過渡期に作られたこの作品は全てが程好く、 チャップリンの映画ではベスト。とにかく子役がカワイイ。 この子を凌ぐ子役は他にいない。
浮ついたタイトルとは裏腹に見た目による差別とその差別に対する自浄作用、 起床転結の隅隅までがいかにもアメリカらしい話。 ただ主演の女のコは最後まで可愛いと思えなかったし履歴書のくだり以外は特に笑えなかったのが残念。
ちなみにタイトルは原題「Legally Blonde」とまったく正反対なイメージになるような気がしてならない。
自他共に認めるオタク・タランティーノがそのマニアックな趣味全開にした B級アクションコメディ。監督の自己満足に出演者が悪ノリしたと言ってしまえばそれまでだが、 気取った部分がない分、監督の日本や香港のB級映画への愛情がよく伝わってくる。 逆にそう捉えてあげないと、日本語セリフがマズい、ソニー千葉の英語セリフがマズい、 殺陣を含むアクション全般がイマイチ、など悪い点ばかりが目についてしまうので要注意。
笑えた部分はザ・ブライドが日本刀を機内に持ち込んでいるところと、 やはりザ・ブライドがバイクのつなぎを脱いでも同じ柄のジャンプ・スーツを着ていたところ。 意外と少ない。
『キル・ビル』の続編。戦闘シーンがグロいと評判だった (実際はグロというほどグロくはなかった)ヒステリー気味の前作と比べると、 敵がマイケル・マドセン、デビッド・キャラダイン(そしてダリル・ハンナ!)と 男臭さを感じさせる相手だったせいか『レザボア・ドッグス』を思わせるような落ち着いた感じ。 "kill is love"とラブストーリーを謳っている内容もこれを加速させている。
前作で謎として残っていたものは、 タランティーノが日本好きなせいかどうかはわからないが、どこか聞いた事のあるような伏線、 というか小ネタ?として物語のいたるところに埋め込まれていて解明されるのでとりあえず不満はない。 ラストのどんでん返しというかこの作品がラブ・ストーリーたる部分もスッキリした解決ではないが一応納得。 奥歯にモノのはさまったような感想だが、なんというか前作の受け皿としての作品として考えれば不満はないのだが、 ただ続編というものは前作以上の期待に晒されるものなので、前作を越えるようなものがあったかといえばそれは存在しなかった。
要するにタランティーノはブロンド美女にドッカンドッカン大活躍させたかっただけで、 それを根っことして自分の趣味を枝葉としてテンコ盛りにしたのが『キル・ビル』だ(断言)。
登場人物がそれぞれはっきりとした背景を持っているあたりはアルトマンらしいが、 舞台のせいもあって話が少し落ち着きすぎなのはらしくない。 でもそのアクの弱さは決してマイナスにはなってなくて、 それはそれで物語に奥行きを持たせていると言うか。 また登場人物たちがサロメの舞台をやるのは少しベタすぎのような気もするが、 グレン・クロースの役(名前失念)ですらあまりあざとさを感じさせないので、 「いかにもこじつけました」という感じはあまり受けない。
そのグレン・クロースのキレっぷりとジュリアン・ムーアのボケっぷりは単純にすごい。 2人ともあまり好きな女優ではないが、すごい。 あとBGMがブルージーでよかった。
社会主義が崩壊したことは知っていてもそこに暮らしている人がどう影響を受けたか についてはモンスターで読んだ知識ぐらいしかなかったので新鮮だった。 またその辺のくだりを知らない人に対しても、分かりやすく、 かつテンポ良く崩壊→西側からの様々なものの流入が起こっていた。 同時に主人公一家にも様々な事件が起こり、 この一つ一つは東ドイツ国民に起こった出来事なんだと思うと笑えないが、 そんな状況を引き起こした東ドイツに生きる人々は割とたくましく哀しい。
壁の崩壊を望んだ息子は母の病室と西側文化の流入する外界を途絶し、 母の部屋の中に東ドイツを生き延びさせる。 奇しくもこれは当の東ドイツが今までしてきたことで、 母のために始めたはずの作業だったが息子は徐々にのめりこみ、 誰のためにやっているのかわからなくなってしまう。 これは誰のためのものかわからないという点で社会主義と通ずるところがあり、 また外の世界の情報を止めることができずに崩壊に至るのも現実と同じ。 ネタバレするとつまるところ騙し騙されな話だったわけだが、 どちらの嘘も親子の愛情ゆえのものという点非常に上手くできている。
この映画でもっとも笑えるのは映像に生きようとするロバート・カーライル似の息子の友人。 彼は社会主義下のニュース番組を真似て作るが、それは北朝鮮の報道番組に似ており、 身近に社会主義国のある日本人としてはあまり笑えない。でも面白かった。
ジャッキー初監督作品。〜拳シリーズの最高傑作の一つ。 題名とは裏腹に、ラストの格闘シーンは緊迫感がみなぎっている。 修行のシーンは何度見ても楽しい。
実は映画館で5回ぐらい見ました。最後の方はセリフもほとんど覚えてしまいました。 当時は自分でも何で好きなのかわからなかったけど最近ようやくわかりました。 その秘密は30年代のアドリア海という設定にあったのです。
つまり登場人物たちはこの後戦争に巻き込まれるわけだから、 この映画は登場人物たちにとって「楽しかった夏の思い出」になるからです。 私はこーゆーのに凄く弱い。
ついでに言うと「その後・・・」みたいなエピローグっていうんですか? そういうのにも弱いんです。グッときちゃいます。 要するにこの映画の隠れた「君がいた夏」的な要素にやられたーって訳です。
マルチェロ・マストロヤンニのダメッぷりは特筆すべき演技である。 話はゆったりと進行し、ラストシーンのエレナ・ソフォノバのなんともいえない表情が印象的。 これだけでも見る価値アリ。
クストリッツァ監督の引退宣言後第一作。
ロマの人たち?がみんなそうであるわけではないでしょうが、 『アンダーグラウンド』に引き続き大混乱の中でダンスを踊っているかんじ。 登場人物がとにかく個性的で魅力的。
何を隠そう私は大学で3年間ハムレットを専攻しました。 その結果、シェイクスピアへの見方が変わりました。 大体この作品のような感じの適当な人間だと思います。たぶん。
イギリスとアメリカの文化の違いを笑いにしたかったのだろうか? ギャロさんをもっと見たかったけどジュリー・デルピーがセクシーだったしまーまー楽しかったので良しとするが、 カウリスマキっぽくはない。ミカだけに。
子供というには少し年齢が高い気もするが、それでもやっぱり大人になりきれない女の子の話。
鬱陶しい高校の卒業と共に始まるバラ色の毎日、のはずが今一パッとしない。 ようやく卒業できたはずが美術の補習を受けなければならず、 退屈な補習の中でようやく自分の長所を見出されたと思ったら諸事情によりその進路は閉ざされ、 苦手な継母が戻ってくる家からは早く出て行きたいが収入もなく、親友は現実的で徐徐にかみ合わなくなってくる。 これは社会の欺瞞や妥協に敏感な若者ゆえの感受性とプライドの高さからくるもので、 傍から見れば大したことない/仕方のない出来事ばかりだが、 それでも全てが上手くいくと思った矢先の八方塞がりは自分が見下していた人たちが上手くいっている事実と併せて受け止めると、当人にとっては絶望。
それにより元元逃避しがちだった主人公は完全なる逃避、つまり大人になることを拒否してしまったように思うのだが、 ここのところがいまいち消化不良。 モラトリアムというゴーストワールドの住人から本物のゴーストになっちゃいました!てことで良いのだろうか? 救いがないエンディングでも構わないが、あまりに淡淡としすぎていたのでちょっと判断しづらい。
ロバート・アルトマンが得意とするクールな視点の群像劇で、 ゴスフォード・パークの階上で生活し保身に生きる貴族達と、 階下で生活するパワフルな使用人たちが様々な立場で自らの目的を遂行する。 当時の貴族の生活を細かく描写・説明していて興味深い。
アルトマン映画は常に登場人物が多すぎ、さらに複線を張り巡らしているので前半はやや冗長な感じを受けるが、 後半に入ると名前と顔が一致するのとあわせて物語の進行も加速していく。
ミステリーに関しては多くの思わせぶりなセリフや場面等によって期待させられるが、 いわゆる謎解きやトリックの要素はほとんどなく、種が明かされても驚くほどの事はない。 しかし冒頭から溜まっていた多くの謎については説明がなされるのでその点はよかった。
主な登場人物はまず下品・乱暴・醜悪かつ虚栄心の塊というこの世の悪徳を体現したかのような泥棒 (マイケル・ガンボン:この人どこかで見たことあるなあと思ったら ハリーポッターの2代目ダンブルドア先生だった。ちょっとショック)。 その泥棒に嫌気がさし、彼から逃れて不貞を働く色気たっぷりな妻(ヘレン・ミレン)。 彼女に軽く憧れを抱かせ、同じく不貞を働くのはインテリを絵に描いたような愛人(アラン・ハワード)。 泥棒に雇われた正体不明の料理長(リシャール・ボーランジェ)。 そして舞台となるレストランは取り澄ました人たちで溢れており、かれらは泥棒に対して目を顰めている。
泥棒は己の欲求を剥き出しにしているために目立ってはいるが、 他の登場人物たちも取り澄ましながらも各各の欲求のもとで動いている点で実は同じ穴の狢であり、 レストランという舞台そのものが象徴する人間の欲求というものが、 道徳的な善悪を超越していかにもエグくて醜くみえる。 つまり泥棒が持ってきた食材が放つ悪臭と、最後の料理の衝撃は同じものだと思う。
演劇を思わせるカメラの動きや舞台ごとの色の変化など、映像的にも素晴らしい作品。 ただし私には料理長の意味するところが今一よくわからないのが残念なところ。
なぜマフィアがマフィアになったのか。それがわかるような気にさせてくれる作品。 フランシス・フォード・コッポラの最高傑作。 3作目は蛇足かもしれないが見ないと気が済まない。 ソニーのマシンガン・ダンスが印象的。
ジム・ジャームッシュが長年撮りためた、コーヒーとタバコを小道具にした短編集。 初めから短編集にするつもりではなかったらしい。 ほとんどの作品は結果を出す前の過程というか途中で、 コーヒーとタバコという小道具がはまる。 何か起こりそうな雰囲気の中で特に何も起きないのがジャームッシュらしさなのかどうかは置いといて、 そういう雰囲気の中でやはりいい雰囲気の俳優たちを見るのは楽しい。息抜き集。
特に笑えたのはダウン・バイ・ローのキャラそのままのロベルト・ベニーニと、 どこまで本気かよくわからないイギー&トム・ウェイツ。 人生最後の息抜きのような最終話の二人も印象に残った。
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